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転職ノウハウ

会社が早期退職の募集を始めた時に考えておくべきこと

高度成長期、日本では企業が従業員の雇用維持を最優先とする終身雇用制度が確立した。2000年ごろまではまだまだ「歯を食いしばってでも社員の雇用を守る経営者」が褒めそやされ、早期退職募集やリストラは、背に腹を変えられなくなった企業がこっそりやるものと決まっていた。

だが、現在は企業に従業員の70歳までの雇用努力を義務付ける高年齢者雇用安定法改正(※)の影響もあるのだろう。組織そのものの生き残りのために、たとえ黒字であっても常に不採算事業の見直しに注力する経営者が増えている。

※高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~

よって最近では、ごく普通の会社で働くビジネスパーソンでも、早期退職の募集を目にする機会は増えているはず。というわけで、今回はそんな場合の注意点をまとめておこう。早期退職というものは、うまく活用できればキャリアを伸ばすうえで貴重な追い風となるものだ。

早期退職に応募すべき人、してはいけない人

「2:6:2の法則」と呼ばれる有名な理論がある。どんな組織でも貢献度の高い上位2割、貢献度が高いとも低いとも言えないぼちぼちの6割、平均以下のパフォーマンスしか出せない下位2割に必ず分かれるというもので、筆者の経験でもほぼそのとおりと言っていい。

では上位2割の人間だけが早期退職に手を挙げる資格があり、それ以外の人間が応募するのは崖から飛び降りるようなものかというとそうとも言えない。

筆者は常々、自身のキャリアをデザインするうえでは、社内評価と労働市場での評価という2つの指標を意識しろと述べてきた。仮に、縦軸を社内評価、横軸を市場評価とすると、人材は4つのパターンに分けることができる。

1.社内評価は高いものの、必ずしも市場評価は高くない終身雇用特化型ビジネスパーソン
2.社内評価も市場評価も高いエリートビジネスパーソン
3.社内評価が高いとは言えないが、市場評価の高いい流動型ビジネスパーソン
4.社内評価も市場評価も低い袋小路型ビジネスパーソン

組織の中の自身の位置付けがどうなのかは、自分が一番よく分かっているはず。であれば、後は感情を排して冷静に進路を決めればいい。

筆者の経験で言うと、早期退職に応募した後で悔やむ人は、ほとんどが1番のグループに属する人である。中でもそれなりのキャリアを積んだ中間管理職に多いように思う。皮肉な話だが、肩書にぶら下がっている人間ほど、その重みを自らの地力と錯覚しやすいものだ。

また、転職経験がなく、社外とのやり取りもほとんどしたことがない開発系・技術系の人材にも、後悔する人は散見される。こうした人には筆者は早期退職への応募はあまりすすめないし、幸い会社側も辞めてほしいとは思っていないだろうから、背中を押されることもないだろう。

2番のグループの人は、組織に残るのもよし、割り増し退職金を手に新たなキャリアに踏み出すのもよいだろう。後述するように、組織に貢献しつつ、常に市場価値も意識して選択肢を持てる人材になるのがキャリアデザインの基本である。それがしっかりできているわけだから、筆者なら割り増し退職金という臨時ボーナスを手に、堂々と次のステップに進むだろう。

とはいえ、もっとも前向きに応募を検討すべきは3番のグループだ。社内評価というのはあくまでも相対的なもので、絶対的な評価とは言い難い。例えば、優秀であるがためにライバルの多い事業部に配属されたり、上の世代が多く順番待ちをしているせいでいつまでたっても管理職ポストが回ってこなかったりというような人はきっとどこの会社にもいるはずだ。

筆者の知人に、大学卒業後、従業員数200人ほどの中小企業の総務部でキャリアをスタートさせた人間がいる。

「利益を生まないコスト部門は査定成績を抑える」という方針のもと、5年間ほとんど昇給しなかったそうだが、その間、採用から労務管理まで裏方業務をすべてこなせる人材になり、4年前に早期退職制度を使って辞めた。その後、大手企業系列に転職し、今では課長に昇格もしている。

今年度の年俸は1,200万円だそうだが、まさに3番グループの典型例と言っていいだろう。

一方、4番タイプは自身の実力がよく分かっているから、そもそも早期退職には手を挙げる人は少ない。

ひょっとすると「社内評価は分かるが、自分の市場評価が分からない」という人もいるかもしれない。そういう人は取りあえず紹介会社に登録し、転職コンサルタントからどういった引き合いがあるかを確認してみることをおすすめする。

現職と同様かそれ以上の案件が複数あるようなら2、3番、そうでないなら1、4番ということだ。

フォローしておくと、上記は「特に業績が悪いというわけではない黒字下での早期退職」をイメージしている。慢性的に右肩下がりだとかこの先更なる業績悪化が見込まれる場合は、少なくとも選択肢のある2、3番の人は前向きに応募を検討すべきだろう。年月が過ぎるほどに、早期退職の条件は悪くなるためだ。

「いらない」と言われた職場に残ってもいいことはない

筆者は先に「組織内ではメンバーのパフォーマンスはたいてい2:6:2に分かれる」と述べた。だから、全員を上位2割のスター社員だけで固めようとしてもあまり意味はなく、下位2割を追放したところで必ずしも全体のパフォーマンスが向上するわけではない。

とはいえ、企業が早期退職を募集する際には、ほとんどの場合、事前に「誰を残して誰を辞めさせるか」の線引きを終えているものだ。もちろんあくまで決定権は社員自身にあるのだが、会社側は面談などを通じて事前プランに近い振り分けを進めていくことになる。

仮にそうしたケースで、会社が辞めさせたいと考える側に入ってしまった場合はどうすべきか。従来の終身雇用的価値観からすれば、石にかじりついてでも残ったほうがいいと考える人のほうが多そうだが、筆者はそれが個人の幸せにつながるとは考えていない。

というのも、そうした選別で辞めさせる対象となってしまった以上、その後の組織内でのキャリアパスは事実上頭打ちとなり、よくて現状維持、業績次第ではいつまた肩をたたかれる対象となってもおかしくはないからだ。

高齢化の現状を見れば、恐らくこれからのビジネスパーソンは70歳まで現役で働くことを考えねばならないはずだ。とすれば、70歳まで仮にしがみつき続けられたとしても、それは本当に目指すべきキャリアデザインなのだろうか。

仕事の達成感も成長の喜びも組織との一体感もすべてを投げうってひたすら「雨風をしのぐこと」だけを追求し続けることが正しいキャリアデザインだとは、筆者にはどうしても思えない。

だからこそ、常に市場価値を意識したキャリアデザインを行い、組織の側から愛想を尽かされたら、快く次の一歩を踏み出せるような選択肢のある人材になっておくべきだろう。

仮に「そうした努力をまったくしてきませんでした」という先の4番グループの人で、会社に早期退職のターゲットにされてしまった場合はどうすべきか。

まずは焦らないことだ。焦ってしまい、とにかく転職できるところを探し、急いで決めてしまう。その結果、後から後悔する、というのは避けたい。特に転職経験がない場合は要注意だ。

通常、早期退職募集の告知から募集締め切りまでは半年~1年ほどの期間がある。その間に自身の市場評価とそれを底上げするために必要なものをリサーチしておくべきだろう。

と書くと「具体的に何から手を付けてよいのか分からない」という人もいるかもしれない。そういう人は取りあえず実際に転職活動を進めてみることをおすすめしたい。転職コンサルタントによるキャリアの棚卸しや採用担当との面接を通じて、自分に足りないものがきっと見えてくるはずだ。

逆に、そうした活動をスタートさせることで、自覚していなかった意外なスキルを持っていることに気づく人は意外に多い。4番だとばかり考えていたが、実際には選択肢の複数ある3番タイプだったというビジネスパーソンは、転職経験のない真面目な人ほど多いというのが筆者の見方だ。

今回のポイント
早期退職のような退職優遇制度は、社内評価より市場評価の高い人間にとって、とても魅力的な制度だ。普段から社内評価より市場価値に軸足を置いておくことで、そうした選択肢が増えることになる。
これからますます終身雇用が形骸化し、一方でビジネスパーソンは70歳まで現役で働かねばならない時代が来るだろう。そうした時代には、今座っている椅子にこだわるより、仕事内容にこだわるキャリア形成を心掛けたほうが長い目で見れば充実した人生を送れるはずだ。
「自分は今の会社しか知らず市場価値がない」と考えている人ほど、意外な市場価値を持っていることも多い。
城 繁幸(じょう しげゆき)

城 繁幸(じょう しげゆき)

人事コンサルティング「Joe’s Labo」代表取締役。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。
人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』、『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』、終身雇用プロ野球チームを描いた小説『それゆけ!連合ユニオンズ』等。